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日高山脈こぼれ話

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笑顔の名誉館長
日高山脈館名誉館長 番場猛夫(講演当時)

 私はこのたびの日高山脈館の誕生をご出席の皆さんとともに心からお祝い致します。また本館の設立にあたり、記念講演の演者にえらばれたことをたいへん光栄に思っております。
 日高山脈はどのようにして出来たのか、このことは地質学の根本問題であって、学問上きわめて重要で興味あることであります。しかし、このこととは別に山脈がもたらした各種の鉱物資源は人間生活に大きな恩恵を与えております。今日の高いレベルの文化生活は鉱物資瀕に負うところが大きいのです。そこで今回は日高山脈がもたらした鉱物がどう役立っているのか、という点にしぼってお話しをしたいと思います。山脈の成因が本筋の話だとすれば、私の話は「こぼれ話」ということになるでしょうか、素人の皆さんに分かるようにお話するつもりですが、解説用の資料や、小さい標本も用意しましたので、それをご覧になりながら聞いて下さい。

日高翡翠(ひすい)

図1日高ヒスイ産出地

日高翡翠は30年ほど昔のことになりますが、函館市在住の資産家、久保内貫一さんが日高山脈には緑の石が多いからここには必ず翡翠があると信念を燃やし、日高町在住の村上晃さんに翡翠を見つけるよう要請したのがことの始まりでした。それから2年後の1966年、幸いにも、千露呂川の支流、ペンケユクトラシナイ沢に翡翠様の石が発見され、折から来日中のアメリカ地質調査所のコールマン博士と北大の八木健三博士とが問題の露頭を見て、「軟玉ひすい発見」という記事を北海道新聞に寄稿したのだと聞いております。
 国の地質調査機関である地質調査所北海道支所にとって、このことは寝耳に水のことでした。調査所として早速専門家を現地に派遣して、実態を把握すると同時に問題の翡翠の性状を明らかにすることになったのであります。このとき調査に当たったのが当時鉱床課長だった私でした。
 調査結果は図1、図2に、鑑定の結果は図3、図4および表1、表2、表3に示ました。これらの研究から問題の翡翠はクロムを1%含む透輝石であることが分かったのです。この石には織物構造が大変卓越していることから、この石の性質は強靭でいろいろの細工に耐えうる翡翠と断定することができたのです。

図2ペンケユクトラシナイ沢におけるクロム透輝石(日高ヒスイ)の産状
図3クロム透輝石ヒスイを含む岩石標本
図4クロム透輝石ヒスイの顕微鏡写真
表1北海道日高千栄産クロム透輝石の光学性・物理性
表2北海道日高千栄産クロム透輝石のX線回析データ
表3日高千栄産クロム透輝石の科学成分と原子比

 翡翠というものは本来、硬玉と軟玉との2種類があって前者はヒスイ輝石(jadeite)からなり高価です。一方、後者は角閃石からなりネフライト(nephrite)と呼ばれています。今回発見された日高ヒスイはクロム透輝石からなるので、ヒスイの新種なのです。
 この宝石が国際的に認定されるためには正規の機関で石の性質が記載され公表されなければなりません。たまたま日本宝石学会会長の砂川一郎氏はこの翡翠の記載を宝石学会誌に公表するよう私に求めてきました。その結果、日本宝石学会誌〈1980)7巻1号に5頁にわたって『北海道千栄産クロム透輝石ヒスイ』と題して公表されました。このことを通して日高ヒスイは国際的に公認されることになったわけであります。

日高地方のかんらん岩資源

図5北海道中軸帯の超塩基性岩の分布

それでは二番日の話題、日高地方のかんらん岩資源についてお話しします。
図5に示すように、北海道の中軸部には多くの超苦鉄質岩が分布します。この中に新鮮なかんらん岩は岩内岳と幌満の2個所に存在します。かんらん石は1890℃-1559℃の高温でマグマから分離した鉱物で高温に耐える性質を有しています。その性質が利用され、溶鉱炉の内部壁面や炉から流れ出る融鉄の受け皿として使われます。製鉄産業には欠かせない資源です。

(1)岩内岳かんらん岩

図6岩内岳かんらん岩の岩相区分図(舟橋・小林1961原図)

このかんらん岩は直径1kmで大部分は斜方輝石を含むかんらん岩です。オリビンのみからなるダナイト相は図6に示すように延長は2km、厚さは平均50mと推定されました。深さは不明ですが、かりに100mまで続くものとして、比重を3とすれば、埋蔵量は2.000×50×100×3=3×107トン、すなわち約3.000万トンが見込まれます。
 この地域は国有林ですから、かんらん岩の採掘は種々の制約を受けます。このことを考慮して可採掘鉱量を富士ダナイト株式会社は約2.000万トンと推定しています。このかんらん岩は昭和38年から昭和53年の間に採掘され、その量は130万トンに達しました。いま、室蘭の新日鉄製鉄所へ年間5万トンがオリビンサンドとして製鉄用に送鉱されています。また、苫小牧東部港の建設の捨石(防波堤構築の基礎材)として15万トンが出鉱されています。捨石は比重が大きく、風化に耐える岩石であることが必要で、必ずしも純粋のダナイトでなくてもよいのです。

(2)幌満かんらん岩

図7幌満輝石かんらん岩体の断面(新井田1975原図)

幌満のかんらん岩体は図7に示すようにダナイト相のほかに各種の輝石を含む岩相や斜長石を含む相まであり、それらが層状に発達するもので前記の岩内岳かんらん岩体とは違って複雑で規模も直径10kmと巨大であります。この中で稼行に耐えるダナイト相の分布は限られ、厚いダナイト層は3層です。このうち深い部分は条件が悪く、稼ぐことが出来ないので稼行対象は上部の2層に限定されます。これらは平面的には3km2で、厚さの合計は300mに近いようです。比重を3とすると、予想鉱量は3.000×3.000×300×3=81×108トン、すなわち81億トンとなります。この地域は国有林で、地表には貴重な林産資源があるばかりでなく、幌満川には水力発電の施設もあるので、かんらん岩の採掘は上記の種々の制限を受けることになります。この点は前記の岩内岳の場合と同じです。

日高のクロム資源

図8日高・胆振地方のクロム鉱山の位置

 それではこれから日高のクロム資源に触れることにします。
日高地方は良質のクロム資源基地として古くから有名であります。図8に日高のクロム鉱山の位置を示します。また図9に昭和年代(昭和30年まで)における北海道のクロム生産量の実績を主要7鉱山別に示しました。
 日高地方のクロム鉱床はポディフォーム型といって不規則な形態ですから探査は困難をきわめます。産状の一例として日高の日東鉱山の例を図10に示します。鉱床は複雑で不規則に分布していることが分かります。このタイプの鉱床から産する鉱石は変化に富み、図11に示すようにいろいろのものがあります。
 鉱床の成因は古くから論議されて来ましたがまだ定着した成因には達していないようです。最近この地方に、富内クロム鉱山が発見されたので、筆者ら(加藤・中川・番場・国分)は早速調査研究を行い、この鉱床の成因に一定の解釈を与えましたので、その概要をお話しすることにします。

図9北海道のクロム鉱石の生産額(昭和元年-30年)
図10日東鉱山本坑のボディフォーム型クロム鉱床の産状
図11ボディフォーム型クロム鉱石の多様性
図12北海道中軸帯の蛇紋岩の3分類とそれらの位置

クロム鉱床の母岩は、輝石かんらん岩起源の蛇紋岩ですが、中軸帯の北部のものは斜方輝石かんらん岩、すなわちハルツバージャイト(Harzburgite)です。ハルツバージャイトは図12に示すように、中軸帯では北部に限定され図の中のグループ(1)として示されています。この蛇紋岩はHarzburgiteの頭文字Hを使い、H-系柁紋岩としました。H-系蛇紋岩にはクロム鉱床は不毛です。
 一方、かんらん石と単斜輝石とからなる蛇紋岩はウエールライト(Wehrlite)と呼ばれます。また、かんらん石と両方の輝石からなる蛇紋岩はレールゾライト(Lherzolite)と呼ばれます。

図9北海道のクロム鉱石の生産額(昭和元年-30年) 中軸帯の蛇紋岩は上記の3種の蛇紋岩が組み合わさって出来ているのです。(2)とした蛇紋岩は南部の鵡川-沙流川流域の蛇紋岩で、この蛇紋岩は単斜輝石を多く含んでいます。そこでこの蛇紋岩をwehrliteの頭文字Wを使って、W-系蛇紋岩とよぶことにします。ここにはたくさんのクロム鉱床が知られていますから、W-系蛇紋岩はクロム鉱床に富むと言うことが出来そうです。(3)の蛇紋岩もW-系でクロム鉱床を内蔵しています。
 以上からW-系蛇紋岩とクロム鉱床とは密接に関係していることが考えられるのです。そこで単斜輝石の組成を検討してみました。面白いことにこれがクロムを含む透輝石だったのです。クロム透輝石が何らかの理由で再溶融してクロムに富むマグマが生まれれば、それが貫入することによってクロム鉱床が出来るのではないかと推論されるに至ったのです。

 学問は日々進歩していますから、新しいクロム鉱床が発見され、研究の対象が広がればいろんなことが分かってくると思います。そうなることを期待しているのです。
 ところで、クロムは一体何に使われているのでしょう。このことを知らない人は案外多いのです。日高産のクロム鉱石は高クロム鉱石といって、酸化クロム分(Cr203)が60%も含まれているので多くのものに使われます。顔料、染め物の定着材、皮なめし用の薬品、鉄族金属との合金などクロム以外の金属では代用が効かないのです。もうひとつの特徴は、クロムは人目に付かないところで活躍していることです。私は授業の合間に学生に「クロムのような人になりなさい」といっております。その意味は目立つ必要はない、しかし、かけがえのない人間になれ、ということなのです。

ヴィリディンという稀産鉱物

図13日高千呂露川流域地質踏査図(番場猛夫原図)

 日高の鉱物資源の話はこれで終わりですが、もうひとつお話ししておきたいことがあります。それはヴィリデイン(Viridine)という稀産鉱物の話です。
 ヴィリデイン(Viridine)という鉱物は世界的に産出がきわめて稀で、1889年に南部スウェーデン産のものが始めて記載されて以来70数年の間に、世界において僅かに7個所の産地が知られたに過ぎないのです。これまでに知られた産地を発見の順に挙げれば以下の通りです。南部スウェーデン(1889)、ドイツ(1911)、ベルギー(1933)、北部スウェーデン(1947)、ロシア(1948)、ベルギー領コンゴ(1954)、そしてアメリカ(1959)なのです。したがってここに述べる日高地方千栄産のViridineは世界で8番目に発見されたもので、本邦においてのみならず、東南アジアにおいて初めて知られた例であることは注目に値するのです。
 その産地は図13に示すように日高千霹呂川上流で、千栄部落の東東南約10kmに発達する衝上断層の東方1kmの地点です。ここは日高変成帯の西縁にあたり種々の緑色片岩からなっています。その一部にViridine、紅簾石を含む石英片岩が出現します。これが問題のviridine片岩なのです。

表6日高千栄産Viridineの化学成分

このviridineの化学成分を表6に示します。またこの岩石の顕微鏡下でのスケッチを図14に示します。図14の鉱物構成は大部分が石英と絹雲母ですが、この図ではその輪郭は読みとれません。viridineは屈折率が高いので浮き上がって見えます。黒い鉱物は赤鉄鉱でその他の鉱物はすべてviridineです。
北海道の日高地方にはこんなに珍しい鉱物が出るのです。この岩石は日高山脈館に標本として展示されていますからご覧下さい。Viridine-紅簾石-石英片岩は「世界でもっとも美しい岩石」と言われています。そのわけはピンク色の紅簾石と、緑色-金色〈多色性)を示すviridineとが織りなす顕微鏡下での美しさをいっているのです。

図14Viridine石英片岩の顕微鏡スケッチ

私の話はこれで終わりますが、最後に日高山脈館が末永く地域のためのみならず日本と世界の人々に利用され、発展することを祈念いたします。

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日高山脈博物館

〒055-2301
北海道沙流郡日高町本町東1丁目297-12
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