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掲載日
2016年2月2日更新

2000年6月17日(土曜日)
講師:前田菜穂子さん(のぼりべつクマ牧場学芸員)

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前田さんのスライドから

豊かな自然の象徴といわれるヒグマ。
本来クマは人を避けるものです。そのクマが寄ってくる(ひいては襲う)ようになる最大の原因が『人の食べ物の味を覚えること』。
では人とクマがいっしょに暮らしていくためには、何が必要でしょうか?

  • 何よりゴミを捨てないこと。
  • 相手に自分の存在を知らせる。クマ鈴、ホイッスル、声など。

知床・アラスカで実際に取られているクマ対策の方法や、追跡調査の結果など、たくさんのスライドと資料でご紹介いただきました。
終了後山脈館の2Fに場所を移し、軽食をつまみながらさらにいろいろなお話をお聞きすることができました。

Ms. Maeda資料を手にお話される前田さん。

資料の中から、前田さんのお話が紹介されている記事を以下に紹介します。。

 


ヒグマとの共存を考える

ヒグマは、北海道の豊かな自然を象徴する生き物である。ヒグマが生きられる場所を残すことは、つまり、人間を含めたすべての動物に必要な自然環境を保持することにほかならない。やみくもにヒグマを恐れず、共存していくためにはどうすればよいのか。のぼりべつクマ牧場「ヒグマ博物館」の学芸員・前田菜穂子さんを訪ねてみた。

「ヒグマは豊かな自然を育む森の神様。共に生きることは人間のためでもあるんです」

 ヒグマは森を作って、育てている生き物なんです。ヒグマが住んでいる森は、とても豊か。生態系のすべての動物が住める森です。そういう意味では、彼らは北海道が世界に誇る宝だと思います。だから危険だとか、怖いとか言うのをやめて、少し見方を変えてみると、ヒグマが住んでいる北海道は素晴らしい土地なんですね。
 確かに私たちが対応を間違えると、ヒグマは容赦なく襲ってきます。でも私たちが自然を愛する心を持って、きちんとした姿勢で付き合ったら、とても優しくて、控えめな動物なんです。
 ヒグマは、いろんな植物の種をフンに入れて運んでいます。そうすると、地面に花が落ちて自然に発芽するよりも、はるかに発芽率がいいんですね。彼らはただ自分のためだけに食べているのではなく、森中に種をまいているんです。それだけじゃない。春には、密生してしまっている植物から間引きして、育ちやすくしてあげている。そうして夏に立派な花が咲くと、今度はその横から生えている小さな花を食べるんです。すごいでしょう?誰に習ったわけでもないのに、ヒグマは森中の草花を手入れしているんです。手入れされた植物は、素晴らしい種を作って立派な子孫を残しています。ヒグマが住んでいる森が豊かだというのは、こういうことなんです。

ヒグマの生態を理解し尊重した上で山歩きを

 ヒグマと共に暮らしていくには、私たちが正しい知識を持って、彼らを尊重し、その生態を理解して、自然を大切にしていくことが一番。そうすれば、悲惨な事故は必ずなくなることでしょう。
 ヒグマが人間を襲う事故は、連続して起こることが多いんです。短い期間に3人の人が襲われたら、それは3頭ではなく、1頭によって起きた事件である可能性が非常に高い。大多数のヒグマはおとなしい性格の持ち主です。ところが、ごくまれに人間を襲うヒグマがいます。ヒグマという動物は、驚くほど執着心の強い生き物。一度そのおいしさを味わうと、同じものばかりを欲しがるんです。
 例えば数年前、こういう事件がありました。斜里町の番屋にヒグマが入り、何箱分もある缶ジュースに穴を開けて、飲み干してしまったんです。その後、オリにハチミツを置いてワナを仕掛けたんですが、そのヒグマは大好物であるはずのハチミツに目もくれなかった。ところが同じ缶ジュースを置いたら、すぐに捕まったんです。穴も開いてなければ匂いもしない、デザインが同じというだけの缶ジュースですよ。ヒグマというのは、そういう習性の持ち主なんです。

事件を通して求められる現代人のモラル

 アイヌは、ヒグマを2つに分けて呼んでいるというお話を、二風谷アイヌ博物館館長の萱野茂さんから聞いたことがあります。「キムンカムイ」(山の神様)と「ウェンカムイ」(悪い神様)。ウェンカムイは神様から罰を与えられて、一度人間を食べてしまったら人間しか食べられなくなる哀れなヒグマ。ヒグマの習性を知りぬいた上で、わかりやすくお話に仕立てているんですね。そうやって、自然界の掟を子供たちに伝えていったんだと思います。アイヌの人たちの、生き物すべてに対する優しさが感じられます。
 現代の「ウェンカムイ」を作っているのは、私たち人間の無責任な行動です。山や森にゴミを捨てて、人間の食べ物に餌づかせてしまうことは、そのまま人を襲うヒグマをつくること。ごちそうを食べたヒグマが、次にやってくる人間たちを襲うんです。どうか、ゴミを捨てることは殺人なんだというくらいの気持ちを持って行動してくださいね。

 前田さんは、話の最後をこう結んだ。「人間だって、生きるために空気や水が必要でしょう?ヒグマはその命の根源を育んでいる張本人なんです。私たち人間が、水や空気を育む努力をしているでしょうか?」
 ヒグマ-野生動物-を見つめることは、そのまま私たちの暮らしや命を見つめることに繋がっているのかもしれない。

月刊レイラ 5月号(2000年) 北海道空港情報サービス株式会社発行 より引用


書籍紹介:

  • 『森の新聞20 ヒグマの原野』 青井 俊樹著、フレーベル館 (本体価格1500円=2000年時点)
    今回ご紹介いただいた追跡調査の様子がとても読みやすく紹介されています。
  • 『ベア・アタックスI、II クマはなぜ人を襲うか』 S.ヘレロ著、嶋田みどり・大山卓悠訳、北海道大学図書刊行会 (本体価格 各2400円+税=2000年時点)
    2000年9月に発行。オリジナルは'85年発行で、翻訳が待たれていた本です。

今回のセミナー参加者=12名、
うち懇親会参加者=10名、
講師=1名、スタッフ=3名。